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タワーマンションの歴史

タワーマンションの歴史

はるか昔…人間が定住を始めたころ。人々は個々に暮らすことから集まって暮らすことを始めました。そして、そう遠くない昔。人々は家を建て、横に繁栄を広げた…が、横への繁栄は限界がありました。ゆえに我々は、上へ昇り始めるのです。

避けられてきた「高さ」

第二次世界大戦後の日本では、「自分の一軒家を持ち、そこへ住む」ということへのこだわりがとても強かったのです。 そこには地震や火災などの災害の面からマンションなどの高層住宅へ住むことの不安があったからです。 また戦後ということもあり、マンションやアパート自体の数も少なく高層マンションはなかなか受け入れられない、という状況が生まれていました。
まだまだ高層マンションへの道は遠かったのです…。

タワーマンション「第1号」

「椎名町アパート」。
ここが日本のタワーマンションへの道を開いたアパートでした。
このアパートは鉄筋コンクリート構造で建てられ、マンションの高層化が可能であることを立証しました。
そして後に「与野ハウス」(高さ66m、21階建て)のマンションが建てられました。
そうこれが(一般向けの)第1号。
…ついにマンションの高層化への一歩を踏み出したのです。

タワーマンションの「快進撃」

高層化の可能が立証された後、規制緩和や建築基準法の改正案が成立。 このことが都心の地価の下落を生み出し、超高層マンションなどに投資しても充分に元が取れるようになりました。 さらに景気の回復も後押しして、ついに超高層マンションは建設ラッシュの波に乗りました。

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